光烟

グラジオラスが静かに揺れ、花色が風に霧散しなめらかに夜気に混じる。
色を喪失した透明な繊維質のひだ(または花弁)が光に靡きしゃらしゃらと美しく鳴る。耳を傾ける。しゃらしゃら、と、鳴る。鼓膜、が。憩う。
ただ一点、天頂の孤独を。秒針のやさしみでぷつりと刺す。其の侭。子午線上に走らせる銀色の軌跡にうるうると滲み出す宇宙が、高度数千メートルでちいさな円い球となり危なく震えると次々に落下。落下。落下。雨のよう。そうして僕の爪先の境界に微細な氷や光子を、まるで煙らせる。光烟、のたなびき。
つめたい液状の宇宙が垂れ、凪ぎ尚も熱い八月の海を中和していく。仄光る有機。魚たちが、嗚呼。と、奮える。硬化されゆく鱗。薄くも金属片ほどの硬度に冷えた鱗が、またほかの鱗と触れ合う時に聴こえるのはどうか風鈴の懐かしみだと僕は思いたい。思いたくて。耳を傾ける。きいん、ん、と、鳴る。鳴って。鼓膜、が。憩う。
星座盤に頼らない観測もしくは鑑賞。メトロノームの目盛り、目盛りは。痛みを咲く全てに響かせている。あなたに合わせた目盛り。八月は静かの海で聴いた其れと同じ曲調で鳴り、まるで煙る。咽喉が詰まるくらいの。光烟、のたなびき。
音が、信徒の呼吸音のように敬虔に繊維質を砥いでゆく。光沢増すひだ(そして花弁)(または花弁で、あった)(もの)がやはり光に靡く。しゃらら、と鳴る。和音に融け込むにいい按配の柔さ。あなたの黒い瞳を一点、始まりの符として八月は鳴り。僕の鼓膜は、憩う。
爪と皮膚の間に染み入った花色の赤だけが、不旋律の一音。で、自ら熱を持ち熾烈に燃える。恒星のよう。焼かれる指先であなたに触れたい八月。
魚の脊椎の音。滲む光烟、のたなびき。