「銀スプーンの恩恵、闘牛士と小説の男」
ハハハハハハハ。ヒヒヒ。フ、フフ、ハハッ。
面白い事は無い、いつも気の触れそうな音律で心臓鳴らしているだけです僕は。
というと憐れんで何が欲しいのかと聞かれる。
饒舌を白い皿の上に並べてシナモン振ってグラニュー糖振ってフォークで刺して次々と食らう麗らかな午後を下さいコーヒーはブラックで、と答え与えられたひと時。
冬に彩度極まれる色を着ることの出来る人/人/人、で賑わうカッフェで相席に僕と同じ薄荷煙草とくらい小説を愛するマタドールが座っている。
マタドールが左手で繰る純文学の気怠い筆致、回りくどい運命に突かれやっと死ぬ男の血管から噴射する血によってもう一面赤に噎せる頁(ムレータ)から、ああ逃れたい逃れたいと云って気化する句読点たちが紫煙に混じってゆく。知らずとそれを吸い込んで了った僕は悲劇精中毒者の目になって胡乱に卓上のスプーンを見やる。
どうです、このスプーン実に怪しからんではないですか。僕の生まれる時におっ母さんの子宮にありやしなかったのだから僕は幸福な子供に生まれなかった!おっ母さんはそれこそレバーやほうれん草、アサリなどの貝類やらひじきだって一生懸命摂ったんです、それなのに。ええ、私の母も同じです。魚が嫌いだと云うのにマグロだって食べたんです、それというのに私のこの有り体は、あなたも、まるで詩人です。
然しこのスプーンはステンレスであって銀ではない。今時分、銀は貴重ですからあのカーマインのコートの女が髪に挿しているのも凡そ細く巻いたチョコレートの銀紙でしょう。
僕とマタドールは煙草を何本もぷかぷかやりながらコーヒーには遂に砂糖を入れない。白磁の小壷から角砂糖を摘み出したマタドールにおや入れるんですかと聞くと、いえスプーンの所以で私の歩く路は暗く湿気も多いのでパセイージョにもナメクジがでるんです、そいつにこれを砕いて撒いてやりますとね、溶けるんです。成る程、僕もコーヒーに使わない分そうしてやろうと2、3摘んでハンカチに包む。
マタドールが非常に面白かった、と本を閉じると浮かばれない登場人物の一人、死んだ男が赤い頁から這い出してくる。大正の初めに書き上げられた小説ですから九十年以上前の死者ですねと言いあって嗤う。
ぱっくりと開いた喉をごぼごぼといわせながら閑談する色とりどりの客の間をゆらりと過ぎてカッフェを出てゆこうとする死んだ男へ儀式として帽子を投げるマタドール。やはり上下逆に落ちましたね、いつもです、これもスプーンの所以です。と云うとマタドールは美しい姿勢ですらりと剣を掲げ僕の後頭部を一突きする。
スプーンの所以僕はすぐに果て心臓はもう鳴ることはない。
マタドールも不運であるから僕の耳を受けることはない。
僕は小説の男に連れられて店を出る。少し歩くと通りに沢山の墓穴が口を開けているのを見つけて僕たちは死体らしくそれらのひとつに駆け込む。土をかける者がいないので冬の陽射しが墓穴に注がれ続けていて少し暖かい。麗らかな午後だと感じながらもう使わないであろうからと角砂糖を舌で転がしている。甘い。