「右手を拾う」
外旋させた手掌をコンクリートに突くとつき上げるように冷たい。冬だ。
肩越しに己の右腕を見下ろすと
あらぬ方へ力を加えながら一気に全体重を落とす、肘関節がもげる音を感じ痛みを聞く。
だらりと垂れた前腕を左手でがし、と掴むと外へ捻り千切る。血は出ない。
分たれて冬に投げ出された右手の指先を僕はまだ動かすことが出来たので、急に安心する。
左手で拾う。人間の腕の重さはこういうものなのか、などと考えながら
僕はホームをあとにするとそのまま改札を抜け夜を歩く。
罪を犯すのはいつも右手だ。
罰を受けるのは必ず左手(その手首)だ。
左手は確かに右手を幇助してきたかもしれないがこんなにも切り刻まれたのは理不尽だったかもしれない。
海浜公園の門を過ぎ階段を上っていくと眼前に闇の降る浜がひろがる。
防波堤の内はなめらかに凪いでいてその面に湾岸線のオレンジの灯火が幾本も伸びている。
剥き出しのまま持って来た右腕が寒いというので懐にいれ
砂の上をしばらく歩いてゆき雪がちらちらと舞い始めたのを認めると足を止めてその場に腰を降ろした。
静かな波が寄せたり引いたりしているのを無言で眺めていると海から男が上がって来て目の前に立ち止まって言う。
「ホワイトクリスマスだね」
「積ったのは見たことがない。もっと北だったらよかった」
「そしたら南十字が見れない」
「どっちでもいい」
「どうして」
「月はある」
「それ、いらないなら譲ってくれない」
「なにを」
「右腕。千切ったと聞いたから来たんだ」
「あるじゃないか。あんたのが」
「これは死んでいる」
「生憎だけど棄てる為に千切ったんじゃない。他を当たってくれ」
男は、そう、と呟くと空を見上げて言う。
「やはり積らないのかな」
長い前髪から滴る水滴が闇の中なのに時々綺麗にひかる。どこから光を拾うのか。
「ここは寒い」僕がそう言うと男は「ああ本当に」と相槌を打ってもう行くから最後に握手をしたいと言う。
立ち上がり左手を差し出すと男は「こっちがいい。右利きだから」と言いながら落ちている右手を拾いあげそれと握手をした。
どきり、としたが男はすぐにその手を離し薄らと笑むと黙って踵を回(めぐら)せまた海へと帰っていった。
安らかな微笑だった。
砂の上に落ちている右腕を見ながら考える
この手は罪を犯すし犯し続ける手だ、と。
然し、
罰を受けるし受け続ける左手を僕は右手に伸ばす。
(家に帰ったらピアノを弾きたい、なんでもいい、出来るだけ優しい曲を) 。