「グラジオラス、弾く真夏」

軟らかな水の中に。幸福にも。矛盾無く有効に浮かべられた白い。白い果実の内包する種子、種子のうちの一つとして僕という事象はけれども、けれども極めて、短い。
残蝉の響きに震えるのは翅。それとも、指。花弁を、叩く。叩く。
鮮やかな赤い花弁、其れは、グラジオラスです。花弁を、叩く。叩く。
調律の外れた真夏が、其れでも嗚呼、鳴る。やわい花弁。鍵盤が既に失われている真夏が。鳴る。指が花弁を。叩いているのです。
果てしなく暗い連続、が。僕という種子の萌芽を飲み続けていて其れは。其れは繰り返される喪失の面持ちで如何なる昼夜にも展開していたのです。
甘い臨界に僕の薄い皮膚は触れることなく、たおやかにたおやかに伸び続けるしか知らないなまぬるい永遠、(永遠に僕は――!)一秒一秒やはり連続的に息衝き。そして同時に相殺され続ける種子のうちの一つとして僕は。啜り泣くという技法で、あのソナタを鳴らしていたのです。
啜り泣くという技法で僕の両の掌は。指は。もはや明緑の童話のなか間引かれてゆく迷子の其れのほか何でもなく。悲愴に濡れてらてらとかなしく、それもまた展開する事象として、光っていたのです。
そういった事象。一つの事象に与えられた真夏という位相。幸福にも。あなた。あなた。それからあなたという真夏が(嗚呼!夏の人!)僕に導き出したひどくやさしい炸発。光。 光。光の奔りわたる一瞬間の、あの、無音。
其れを境に tragic(ally) に鳴り響き始めた音が。それでも有限であるのだから。僕は安堵の息を漏らすのです。
ねえ。果汁の円い酸を撫ぜる気泡。気泡。僕の呼気が円い酸を踊らせているのです。そして花弁を。叩く。叩く。
残蝉が、カラリ、と落ちる。もう震えない翅。美しい翅。飴のようだ、と呟く僕という事象もまた、もはや極めて、短い。
其の有限の中で。あなた。あなた。そしてあなたと。触れ合う為の、指が。
花弁を。叩く。叩く。グラジオラスを、弾いている。