虫々の音、夢。



草陰で輪唱する虫々の音を両の掌で掬うと
かえるの卵のように薄い膜に包まれて
震えているのが解るだろう
女よ、
あなたの掌の上で孵る幸福な現象を
ほんとうは
ほんとうの幸福という
僕はついぞ其れを知らずに憂鬱な私生児の表情で
この道程をきた
光っているのは僕から垂れ滴るタールや
髄骨からこそげ落ちた燐だよ
それでも僕には零すもの、落とすもの、失うものは何も無く
僕は僕という現象としてあなたの前に淡くた易い
けれども僕は思うだろう
其処にこそ、留まれ
其処にこそ、燻ぶれ
其処にこそ、歌え
其処にこそ、残れ
其処にこそ、生まれろ、僕よ、と
あなたの両の掌の温度こそ僕の微睡むべき安寧なのだと
僕はそう思うのだろう
果たして生まれたのならばきっと
その指の白さに
はるか涅槃を見えもするのだろう
あなたは長い道行きの戯れに
風に踊る糸の弛みに触れ
それを静かに結び
僕にかたちを与えようとしている
さあれば滲ませる色も無くとも僕は確かに
仄めきもするのだろう
あなたの掌、指の所作により
僕はやはり其処にこそほんとうに生まれもするのだろう
けれどあなたよ
漣を聴け
砂を噛む小さな波の
幾万遍かたちになろうともすれど崩れ落ちるあれが僕だ
僕は何処にも寄る辺を定むことなく
あなたの指の先に果てる
淡い淡い現象なのだ
あなたがそれを悲しむならばせめてと微かに
あなたの午睡の夢には生きる
僕はそういう現象なのだ
けれどもあなたよ
その両の掌から零れ消えゆかんとする幸福の刹那に
いま
僕は祈りもするのだろう
其処にこそ、ほんとうに在れ、僕よ、と

女よ、
それでも僕というのは
その掌の上で震え鳴る虫々の音に
あなたと憩い微睡む夢に落ちたいと願う現象なのだ